人間の心理

テーマとは全然違う話である。

あるテレビ番組で「球辞苑」と言う番組がある。
時々みている。

内容は野球好きの芸能関係の人たちと
元トップレベル野球選手との懇談的な内容である。

お笑い系の人たちもでているので実に楽しい番組である。

懇談の「テーマ」が面白い。

私が見ていた時の「テーマ」は、
「スリーボール・ツーストライク」の窮地に追い込まれたときに、
次の球を投げる時に、投手はどんな心境で投げるのか、
捕手はどんな心境でサインを投手にだすのか、
打者はどんな心境でバッターボックスに立つのか、
ホームベースの審判員はどんな心境で審判をするのか。

これがテーマであった。

投手で「スリーボール・ツーストライク」でデーターを見て、
打ち取った確率がプロで一番高い投手に取材していた。

捕手、審判員も同じように取材する。

この取材を受けた選手の答えは「実にワンランク上だなあ」と思わせるほど
相手の選手の傾向性、癖を研究して記憶している。

お互いに各選手は相手の選手のこまかいしぐさまでみぬいて
相手選手の心理状況を推測している。そして記憶している。
おどろくほどである。

私が興味を持ったのはホームベースの審判員の心理状状態である。

その審判員は元審判員で現役を引退した審判員である。

「スリーボール・ツーストライク」の後、
投手が投げる球にストライクかボールか判断に迷いがおきたとき、
どちらとも判断できるとき、ストライクと判定するのかボールと判定をするのか、
いずれにしろ、即時に判断しなければならない。

元審判員は言う。

勢いの強い鋭い球がきたときは大きな声で「ストライク!」と叫ぶと言う。

打者は三振である。

ゆるい球がきたときは「ボール!と判定をくだす。

打者は一塁にフォアボールで一塁に進塁できる。

大きな差がでる。

しかし、クレームが来たことはいままでにはないと言う。

番組をみながら、この状況判断の心理的働きは
裁判に存在するのかと一人で感じていた。

当然この審判員の判断が正しいかどうかは論外とする。

事実、この番組に元トップレベルの選手が出演していて、
この審判員の話を聴いていて「それはないだろう!」と怒っていた。

不謹慎な発言であることは承知のうえなので、お許し願いたい。

例えばの話である。仮定の話である。

解雇の問題を裁判で争っているとする。

会社と労働者とでの争いである。

労働者は解雇無効と主張し、細かな事情を詳細に勢いよく労働者が主張する。

解雇有効と会社がゆるい言葉でなんとなく主張する。

会社の主張も一部正しいのではないかと判断できるような主張をする。

労働者の主張も一部正しいのではないかと思われるような主張をする。

このときどちらの主張が正しいと裁判所は判断するのであろうか。

人間の心理は野球の審判員に似ているような心理状況にかたむくのであろうか

あくまでも私個人のあてにならない根拠のない推測であることをお許し願いたい。

裁判でも、野球のホームベースの審判員の心理と同じような心理が働き、
正当性のある主張を勢いを強く詳細な事実をした方が正しいと思われるような
人間の心理的方程式みたいなものが働くのであろうか。

裁判は長期にわたりじっくり判定を考える制度である
野球は即時に判定をくださなければならない。

この話は当然、裁判は労使双方とも法理的根拠の正当性を前提にした話である。

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ